お引っ越ししました

3月からのヘンデル・ハウスでの研修再開のため、引越しました。

 

ここ数年、年に2回は引っ越している。。。
ルノーのKangooを借り、友人らの手を借り、スピード狂の西田さんが高速90キロでしか走らないので、トラックの運ちゃんにも抜かされ、Halleへ運ぶ。
このサイズの車、乗り馴れてない上に、バックミラー付いてない(後ろは完全トランク)ので、サイドミラーと助手席の友人の笑顔で車線変更。
最近すっかり熟れてきて、もうすぐ引越マイスターになれるかもしれない。

しかし、どんどん身軽になるが、そろそろ定住したいなぁ。
手の甲の火傷も何だかんだ1年を迎え、これを実際見た人は「思ってたより綺麗」とのお言葉。
私の細胞もがんばっているようです。

 

来週は大学巡りです。

 

 

入院レポ⑧

術後は手よりも、皮膚を剥いだ左太ももの方が痛かった。

部分的に皮膚がない状態で筋肉を動かすのが、こんなに痛いとは・・・
そのせいで基本寝返りはうてないので、背中と腰が痛い痛い。
多少痛みには強いけど、動きたくない痛さは久しぶり。あの腰痛以来か。


しかし、この怪我の場合、腰痛の時と違って動いてないといけない。

と言うのは、皮膚の再生中どれだけ動いていたかで、完治後の動きに影響が出てくる。
特に太ももも手の甲も、曲げたりすると皮膚が伸縮するので、治りかけの今まさに動かしていた方が、見た目は横に置いといて、元の機能に近づくと言うわけ。

もちろん手の方は、太ももの皮膚が完全に手の方に定着してからでないと剥げてしまうわけだけど。



そう言った説明も受けてるし、動くべきだと理解も出来るけど、そこでお世話になった看護士に「散歩にでも行け!」と言われた時は、さすがに「・・・鬼や・・・!!」と思いながら、よちよちビッコ引きながら病棟をうろついた。




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術後5日目の初めての包帯交換は、朝食後突然訪れた。


大抵午前中に医師の回診が来るので、その前に看護士がやって来て、半ギブスと包帯を外し始める。
「ドクターが来るまでに、太ももの皮膚を固定しているものを取り除くね」

私も各所痛みはあるけれど、見るのは初めて。
どういう風に太ももの皮膚を付けているのかは知らなかったし、私のイメージとしては「取る」と言われたとき「抜糸」を思っていた。
その後「結構痛いかもだけど、麻酔をかけるのもなんだし、我慢してね」




・・・・ん?




私は顔面を5針ほど縫われてた経験があるが、その時の抜糸は痛みもあったが、ゾワゾワ・・・!と言う糸を抜かれる時の妙な感覚の方が大きかった。だから麻酔が必要かもな痛みと言われた瞬間、違和感があった。



が。
その違和感の正体が、大きな勘違いとして実物で発覚。



何と、

ホッチキスの芯

で皮膚が付いていた・・・!!!




ビックリした。普通に。
状態としては、ホッチキスで留めようとして失敗した感じ。とりあえず太ももの皮膚と、手のオリジナル皮膚を片面だけ引っかけて綴じた状態で移植部分を1周。その数、約1ダース強。


一人、どえー?!と混乱していたら、看護士はそれをペンチみたいなので外し始めた。


ええ?!病院でペンチ?!


と思った瞬間には、激痛が。
あまりの痛さに手を引こうにも、手は看護士により完全ホールド。




いやいやいやいやいや、ギブギブギブギブギブ・・・!!!セコンド、タオルを・・・!!




パチン、パチン。「アレ?上手く外れないわね」ぐいぐい。「もう少しで終わるよー」と言う声が聞こえた気がしたが、全部外し終えた時は激しい疲労感でいっぱいだった。



・・・それにしても、激しく長いテンカウントだった・・・。



入院レポ⑦

誰のお見舞いも無く、段々同室のおばあさんにもストレスを感じ始めた入院生活。

そう、楽しみは食事の時となる。


以下、唯一の楽しみ、お食事ギャラリー

最初の2食目以降は、前日に2つか3つのメニューから選べる。
私の場合、片手しか使えない状況なので、切っておいたり塗っておいてもらえるものは頼める。





回診は毎朝朝食後、白い巨塔とはいかないけれど、その日の回診担当の医者と研修医が数人回ってくる。

とりあえず、正夢だった「数日」の厳密な日数を確認するため、回診時に尋ねる。

「手術後最初に行う包帯替えの時に患部を状態を見て、調子が良ければ退院しても良いよ」
「それっていつ?」(うずうず)


「とりあえず、最低5日はその半ギブスしたまま固定だね」

先の思いやられる入院2日目。



入院レポ⑤

恐怖の手術室は、私がイメージ(日本のTVドラマ)していた手術室と異なり、えらく開放的に広いし、天井が高い。
もちろん機械類は沢山置いてあるけれど、それでも像が2、3頭横たわれるくらい。(眼鏡無いので推定)



手術担当する女医さんと寝たまま自己紹介して、背後からラジオが聞こえるのに気づく。
「あ、気に障るなら消すけど」
「いや、良いですよ。(どうせ意識無くなって聞こえなくなるだろうし)」
えらく緊張感がないポップミュージックをBGMに、管の付いたマスクを口元に持って行かれ、


「はい、酸素でーす」



 ・・・えらく、古典的なやり方くね・・・?!


そうして何だか負けたくないと言う変な意地で目を開けようとするも、多分1分もしないうちに私は意識を無くした。
まさに重力と言う名の超巨大な掃除機に背中から吸い込まれる感じと言うのがピッタリな表現。



意外に癖になりそうな感覚。



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目が覚めたら全然知らないところにいた。
一応、割烹着みたいな病院服は着てるし、自分のベットには寝てた。

恐らく処置室(?)みたいで、手術後ある一定の時間はそこで過ごすみたい。
とりあえず、すかさずそこで仕事をしている人(看護士?)に今の時間を聞く。私の記憶が確かで、どれだけ寝てたかは分からないけど、手術自体は2時間もかかっていないことだけはハッキリした。


調律するのと変わんない早さで、私の太ももちゃんは左手君となったらしい。




その後、ウトウトしては目を覚ましたりを繰り返しながら病室へ移され、いくつかの強烈な夢を見た。

一つ目は、病室で目が覚めたら実は手には豚の皮膚が移植されていた、と言うもの。
意外に仕上がりも綺麗で、豚も悪くない!なんて喜びながら、今回は取らずにすんだ足の皮膚を見ようと体勢を変えたら足の激痛で本当に目が覚め、そんな上手くコトが進まない現実を身を以て痛感。

二つ目は全く同じシチュエーションで、目が覚めたら手が融け始めていると言うもの。包帯が黄色くどろどろになり、恐怖で本当に目が覚めた。
夢で良かったと思ったものの、異常に後味悪く気持ち悪い汗をかいていた。

そんな風にいくつかの現実っぽい夢を行き来している間に、何やら会ったことのある医者と話す夢も見た。




夕食の時間になり、同室のおばあさんとも会話出来るようになり始めた頃、入院期間の話になった。

「イヤイヤ、明日には帰りますよ」(さすがに日帰りは無理だった)
「あら、でもさっき数日入院なんて言ってたわよ」



・・・ナンダト・・?


夢の中の医者曰く、「これは数日入院だねー」



夢だけどー





夢じゃなかったー!!!





©となりのトOロ

入院レポ④

私がいた病棟は外科(特に手関係)。

病室は基本的に二人部屋(カーテン無し)。
各部屋にテレビ1台、洗面台と収納棚が付属。(下記、写真参照)
トイレとシャワーは各二部屋ごとの間隔で整備されているし、Halleの総合病院(火傷治療は有名らしい)は比較的最近新しくなったらしく、日本ではお見舞いにしか行ったことがない病院のどこよりも綺麗だった。



手術まで絶飲食の私は、同室になったおばあちゃんの朝食を横目で眺める。正気だったらあまり美味しそうとは思わないパンにジャムやサラミは異常に目に焼き付く。
眼鏡を外すも、聴覚から空腹を刺激する。


・・・くっ、あと数時間の辛抱とは言え、拷問だ・・・!!!



そうこうしているうちに手術前の最終確認で、緊急連絡先(ヘンデル・ハウス)や体重や持病の再確認をしに看護士のおねーさんがやって来た。


「体重は?」
「体重計持ってないから正確には分からないけど、多分××kgくらい、でも今は・・・」
「は?!それだけしかないの?!」
「いや、まー通常より全部が小さいし・・・」
「まーそうね」

多分絶飲食効果で更に1、2kgは余分に痩せてるだろうことは自己申告出来なかった。





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いよいよ、手術になった。

病室で寝てたままのベットで手術室へ運ばれ、手術室の手前の部屋で麻酔医(多分)にバトンタッチ。
自ら手術台に移り、体の上にバスタオルみたいなのを掛けられる。映画「おくりびと」のワンシーンじゃないけど、自分が着てた病院着をバスタオルの下から抜かれる。


私の手術は左手と左太ももが必要なだけで、


スッポンポン(しかし局部周辺は二重構造)になる意味が分からん・・・・!!


とりあえず点滴をしてもらいながら手術室手前で待機すること数分後、手術室のドアが開き中から手術台がガラガラと運び出された。
乗っていたのは中年のおじさん。手術用の深緑のラバーシートから出た腕の感じは逞しい感じのおじさんだけど、その腕は台から垂れ下がり、カクンと垂れた首はこっちを向いていて、眼鏡掛けてないからハッキリは見えなかったけど、多分、アレ・・・

白目むいてたよ・・・!!!


そばにいた麻酔医(多分)のおっちゃんに、私の顔が引きつってたからなのか、
「怖い?」
「うん、まあ。。。(アンタ達がね!)」
と心の声は言えず、出て来た逞しい白目のおじさんと入れ替わりに私は手術室に運び込まれる。


「あははー、大丈夫だよ。すぐ終わるて!」


今までかつて、こんな不安な励ましはなかった。




入院レポ③

そもそもの予定は1泊入院だった。




詳しく話そう。


一応、手術自体はそんなに難しい物ではないらしく、長い時間かかる予定ではなかった(それに私は朝一の予定だった)ので、日帰りと言うことも可能だった。ただし、自力で帰れるのなら。

1泊というのは、一人暮らしで身寄りがドイツにはいないと言うことで、担当医が「手術後は結構手も足も痛いだろうから1泊してけば?」と言う提案からだった。
もし帰れるんだったら日帰りでもいいし、と言うことで、一応入院の準備はして行った。ただし1泊分。

と言うのは、「研修生」と言う立場で安く契約出来る保険に入っていたため、その分カバー率の少ないプランで、ただでさえ手術費用が恐ろしい上に入院費なんて・・・!!


帰れるのなら意地でも帰る方向で構えていた。



病院到着後、とりあえず入院手続きをし、指示された病棟に向かう。
病棟のナースセンターで貴重品の申請をするため、自分の持ち物を挙げる。
「貴重品は?」
「貴重品って?」
「例えば、腕時計(着けない)とか、指輪(持ってない)とか」
「いや、ないです」
「じゃ、財布の中身。いくら入ってるの?」
「えっと・・・20ユーロ(約2200円)くらい?」(電車代とおやつ分あれば良いか程度の認識でしか持ち歩いてなかった)
「え?!それだけ?!」
「・・・はい。恥」
「でもクレジットカードは持ってるんだよね?」
「いや、クレジットカードはないけど、キャッシュカードなら・・・」


そんな恥ずかしいやり取りのあと病室に案内され、病院着と超荒めのメッシュパンツが支給される。

「じゃ、全部脱いでそれに着替えて」

日本だと病院着のイメージは浴衣っぽいもの。
しかしドイツは何と言うか、割烹着のように着るタイプで、後ろの首と腰の部分に紐が着いている感じ。
サイズは多分ワンサイズしかないんだろうし、豪快なタイプのドイツ人のおじちゃんおばちゃん数名は生尻(荒めメッシュパンツ付き)が布地が足りず、後ろがご開帳。
私の場合、後ろは問題なかった(助かった)けど、でか過ぎて肩から何度もずり落ちるハメに。

そして、とりあえず手がこんななので、同室になったおばあちゃん(多分私の祖母より年上)に着替えを手伝ってもらうことに。情けな・・・。


そして問題のメッシュパンツ
履くのも超恥ずかしいが、それ以前の問題が一応の私にはあった。

とりあえず、看護士に絶対ノーパンじゃないといけないかを確認。
そう言う事情なら、とりあえずパンツの上からそのメッシュパンツ履くことでOK。


ひとまず、究極の辱めは逃れた。


しかし、わざわざパンツを2枚履く意味はないのでは?と気づいたとたん、異常にそのパンツ2枚履き状態に抵抗を憶える。



妙な気恥ずかしさのまま、手術に呼ばれるまでベットで待機していた。



最後の通院

日本から戻ってきて、まずやらなくてはいけなかったこと。



火傷の手術後の検査。
過去に1週間後、1ヶ月後検診があったが、医者曰く上々な治り具合で、今回は3ヶ月後検診と言うのがあった。



正直、特殊手袋装着後の変化以来、ここ数ヶ月は驚異的な変化は無いが、確かに皮膚は定着している。
が、特殊手袋によって治まった凸凹はないが全体的に盛り上がっていているし赤みも残っているので、個人的には「大丈夫なん?これ」と言った感じで、最近ドイツに戻ってきて「アレ?少し盛り上がり減ったかなー。いや、気のせい?」と言う具合になった感じ。



結果的に3ヶ月後検診では、この診断で最後と言うことになった。
後は大体、その赤みが引くまでは特殊手袋生活(恐らく1年くらい)後、私個人の判断で手袋を外しても良いと言うことにななった。
とりあえず2カ所ほど皮膚が足りなかったのか、定着しなかったのかは分からないが、完治後ケロイドになるかもと言う部分のお知らせと、今は手袋してるからそこまで問題はないけれど、外した後は日焼けに気をつけるようには言われたくらいで、「Also dann alles Gute!(そいじゃ、お元気で!)」。



あまりにあっさりで驚いた。
そしてナニヨリ、今回最後に担当した(総合病院なので毎回担当の医者が変わる)のがアシスタントドクターで、名前が「Kleinsorge先生」。



先生の名前のせいだけではないけれど、何だか「少々不安」(名字直訳)を残す、最後の検診でした。。。