スーパーダイジェスト 5月 その4

ロベルト・シューマンの生まれ故郷、Zwickau(ツヴィッカウ)に行く。


いや、随分前から行こう行こうと思ってたのですよ。Stein(シュタイン)のハンマーフリューゲルもあるし。
でもね、意外に日帰り出来る距離にあると、人間腰が重くなってしまうのね。
シューマン・ハウスは逃げないし。




んが。ついに重い腰をあげる時が来た。





友人のハンドボーラー(当時、ブンデスリーガ女子2部所属)のツヴィッカウでのホーム戦、およびシーズン最後の試合に加え、2部での活躍最後と言うことで、待った無し。
見たい見たい、応援いくよと言っておきながら、いっつも仕事の関係だったり用事で果たせてなかった約束がついに実現・・・!



相手が2部1位と言うことで、ドキドキハラハラしてたけど、なんと勝利!
みんな(選手も観客も)すごかったわー。
基本、初めて見る競技な上、えらい近くで見るもんなんで、ボールが観客席方面にパスされると「ヒィ!」と言いながら目をつぶるわ、あんまり速い速度で飛んでくもんで歓声でゴールしたことに気づくわ。。。
こっちでもドキドキハラハラ!


観客は地元密着型なんで、すごいの一言。
熱き応援団はアウェイでも選手の応援に行くが、やはり、ホームのサポート度は違う。


ツヴィッカウでの活躍は終わってしまったけど、1部での活躍期待してるぜ!!
(ハンドボールは俄ファンですが、推メンはUchibayashiです)



***********************



そして、しっかり趣味の方も堪能。


シューマン・ハウス
ライプチヒにも同名の博物館がありますが、そっちは結婚後の新居で、ツヴィッカウの方は生家の方。


シューマン(とクララ(奥さん))縁の楽器、手紙その他諸々が展示されてます。
印象深かったのは、2人がまだ付合い始めの頃の「初デート(あれ、初チューだったか?)のあとにクララが送った自身の髪」。現代だったら手紙もレアでしょうが、髪なんて送られるとちょっとビックリだよね!でもその当時は分身として大事にしてたんだなー、と。うーん、ロマン!
あとはクララが子供達に出したシューマンの死を知らせる手紙。ちょっと涙チョチョ切れそうだった。。。。

楽器も1階のホールにコンサート用のグランドも揃えてますが、2階の展示室にもいくつか置かれてます。


1859年製のウィーン式アクションのベーゼンドルファー(Bösendorfer、Wienermechanik)、



1840年頃のドレスデンのピアノ会社ローゼンクランツ(Rosenkranz)のターフェルクラヴィーア(Tafelklavier)



1860年代製ドレスデンのピアノ会社ヴィーク(Wieck)のグランドと1904年頃に作られたペダル鍵盤(Pedalklatur)


監視のおばちゃんと仲良くなって、なかも少し見せてもらえました。
アメリカだったかな、同じようなペダル鍵盤があるらしいけど、弾けるのはここだけらしくCD録音もされてるようです。
弾いても良いよ、と言われ「ピアノは調律出来るけど弾けないんだよね・・・」言い訳したけど、ちょっと触っときゃ良かったと今更後悔。。。

ちなみに、クララの旧姓がこのピアノメーカーと同じWieckなんだけど、その関連性は一切書かれてないんで、多分他人?クララ自身はライプチヒ生まれだし、ドレスデンは150Kmくらい離れてるけど、同じザクセン内なので遠縁もあり得なくはないけれど。。。

写真で分かるようにめっちゃ逆光で、窓際に置かれているのですごく心配です。(外装も中身も光や温度に敏感なので)
特に近年「修復」(個人的に含みがあります)されているようなんで、もうちょっと気をつけて欲しいな、、、



そしてお待ちかね、1825年頃のシュタイン(Stein)のハンマーフリューゲル(Hammerflügel)

この部屋は進入禁止となっております。
この部屋でシューマンが生まれたらしく、この部屋に本当に彼の家族が当時使っていた机や家具が置かれてます。
このハンマーフリューゲルはクララが使っていたものと紹介されています。

※業界情報ですが、実際は同じ時期に作られた同じモデル。





思ってた以上に資料だけじゃなく楽器も多く、個人的に楽しめました。


結構日本人も来るのか、さり気なく案内で日本のサブカル・漫画でシューマンの生涯書かれてます!アピールや、本も置かれてました。



学芸員

わたしの今やっている仕事を日本語で説明し辛いことに気がついた。



日本語で言うと、多分「学芸員」が一番近い?
と言っても日本の学芸員の仕事内容をハッキリ知らないんだけど、とりあえずドイツの楽器博物館の場合はこんな感じだという、自分のためも含めたまとめ。

注)語尾についている「/in」は女性の場合の呼び名。



  • Restaurator/in(修復技術者):主に鍵盤、金管、木管、擦/撥弦楽器に分かれる。修復前の参考文献収集から、修復におけるドキュメンテーションも仕事のうち。その他、所蔵楽器の調律などを含むメンテ。Grassi-Museumでは木管以外の3人で構成
  • Sammlungskonservator/in(展示保存管理者):楽器展示から展示後、および館内の状態管理。1人
  • Kustode/Kustodin(学術的専門家):最近の正式名称はWissenschaftlicher Mitarbeiterと書かれてることが多い。楽器の歴史や仕組みについてなど、学術的に資料をまとめる。それぞれ専門分野が分かれている模様。2人、館長も合わせると3人
  • Museumspädagoge/-pädagogin(教育活動担当):館内の楽器案内、演奏可能な楽器での試弾など。割と初心者や子供向けに面白く楽器を紹介している。1人



Grassi-Museumは他にも常勤ではないみたいだけど、図面引きの専門家、カタログやプレス用に所蔵楽器を写す写真家、図書館のアーカイブ担当、そのアーカイブのデジタル化担当などの専門家がいるもよう。
もちろん、企画・運営関係も入れるとまだまだいる。
注)博物館によって常勤の人数も専門家も異なる。ただ、大体Restaurator/inは各種専門楽器に付き1名のパターンが多いかんじ。



わたしの研修先はRestaurierungswerkstatt(修復工房)。
詳しく書けないのは色々忙しいのもあるけど守秘義務もあり、どこまでオープンにしていいのか試行錯誤中。
一先ず、ネットやイベントなどで公開されたものは出してみてる。




わたしの現在の作業は、休館日である月曜日に行われる楽器調律や大型楽器のドキュメンテーション用の写真撮影、その他は詳細は難しいけど1900年頃のチェレスタの修復、1724年頃のパイプオルガンのドキュメンテーションを色々同時進行中。


チェレスタもパイプオルガンも鍵盤楽器ではあるけど、完全専門外。


一から仕組み、歴史、部品名称を絶賛勉強中。





紙面デヴュー②

誰よりもいつもテンションの高い、館長が出会い頭に「おめでとう!!」


「・・・?何に対して?」恐る恐る尋ねる。





9月4日付けの週間無料新聞「hallo! LEIPZIG」(1週間ごとに発行らしいので、まだ街とかで出回っているかも)より。




左のページの下段記事・・・





どーーーーん!!





・・・またか!!
今回の何が凄いって、記事にわたしネタも含まれてるってこと・・・?
以下、サクッとわたしのことが書かれてる部分の意訳。

実際のところ、常に日本人はどの催し物でも写真を撮っていますが、今週Leipzig大学所蔵楽器部門であるGrassi Museumで一度だけ逆の状況に。
ここ、Grassi Museumでエリナ・ニシダはカメラマンの中央に立っていました。その日は彼女の研修開始の初日。この27歳の研修生はここでもう一度、今日から開始する特別展時のために全てのトロンボーンを徹底的に検査することに打ち込んでいました。この日本から来たピアノ職人はこれから4ヶ月間、この楽器博物館館長のFontana教授のチームのサポート受け、彼女の将来の計画として、文化財の修復技術者のための大学進学を目指す。





一応、ドイツでの「日本人」ってイメージは「どこに行っても何をしても写真撮影」らしいです。





つか、「auf Herz und Nieren prüfen」で徹底的に調べる、試すと言う意味だったんだねー。
普通に、「心臓と腎臓を調べる・・・?!」とかビックリしてしまった。知らなかったよ、そんな熟語・・・。





新聞に載って新しい言葉を知りました。



紙面デヴュー①

9月2日付けの「Leipziger Volkszeitung(Leipzig市民新聞)」(通称・LVZ)の地域記事より。




中央はトロンボーン愛好会の会長さん、左下は展示室内に昔の工房再現してくれたトロンボーン職人。






アレ?右下の方に何だか見知った人が・・・・







どーーーん!!

エリナ・ニシダ 1920年製テナーバストロンボーンと。








皆、冗談で「載るかもね」なんて笑ってたけど。



本日、正真正銘研修初日、作業開始5分で新聞に(しかも名前も)載った研修生の称号を頂きました。








8月の月末報告

8月は主に役所通いで「午前中マジック」を起こすため休業した。



それでも結構ギリギリだったけど、何とか9月からの活動を始めれそうなので詳細を報告。





8月中にやっていたこと

  • 健康保険の解約
  • ビザの変更に必要な書類の準備
  • ビザの変更
  • 9月からの受け入れ先に提出する書類の準備
  • 受け入れ先の証明書発行願い(ビザの変更のため)
  • 受け入れ先の書類を第3者に証明してもらうため、ライプチヒ大学の人事課に出頭
  • 労働局に9月からの生活保護の申請→ビザの種類が研修生に変わったので、法律上不可能に
  • 9月からのバイト探し、もしくは独立→現在も継続中+作戦変更




まぁ、結局最後の2つは試してみたけど、出来なかったりリスクが高過ぎたり。結構これに時間かけたのになぁ・・・





と言うことで、上記にもチラッと出ましたが。







9月1日からわたし、
Leipzigにある楽器博物館Grassi-Museum(グラッシィ博物館)で研修始めます!!