インターン終了

インターン終了です。
 
後半はホント記憶があやふやなくらいですが何とか提出し終わり、先週やっと口頭発表が終わりました。
 
今回日本の楽器だったこともあり、日本の色々な大学、博物館、文化財修復工房、邦楽絃製作会社など、各所でお世話になった方々には本当に感謝の言葉しかありません。ありがとうございました。
 
日本の楽器は初めてだったのですが、非常に興味深い技術や素材の調査ができて非常に勉強になりました。比較楽器が手元にないので非常に苦戦しましたが、とにかく言えるのは、日本の職人さんの技術はすごい!
楽器自体の発音原理はすごく原始的なんですが、ヨーロッパでは使われない素材、絹の弦(邦楽器の場合は絃と呼ぶ)に調律システム(琴柱は取り外し式なので、琴自体に音律はなく、歌う人や合奏に合わせて音の高さや音律を調整できる。更に余韻を楽しむ奏法)などジックリ腰を据えると奥深くて、インターン中だけでは時間が足りませんでした。
今回、楽器はとはいえど博物館所有、長いこと絃を張った状態(ただし、琴柱は立てない状態)で安定していること、演奏というよりは装飾の技巧(もともと飾り筝)のほうが価値が高いことから演奏を可能にすることよりは現状維持を目指しました。張力を上げることで木画の部分の崩壊が進む恐れもあるし、現在このスタイルの飾り筝は製造されていないので。さらに短時間だけ琴柱を立てどういった音が鳴る(通常より低い音になる)のかということは出来るので、学術資料としても残す意味合いもあります。
 
楽器自体は元々ニュルンベルクの個人楽器収集家が集めていたもので、ゲルマン国立博物館に寄贈後は日の目を見ていません。一応、博物館の名前がゲルマンと分かるように、ドイツ語圏(及び近郊)の文化財の収集、研究がメインの機関なので、特にその他の地域のものは残念ながら常展示のテーマに沿いません。
しかし現在、たまたま元所有者のSammlung Rück(リュック)の調査プロジェクトが進行しており、来年以降も彼の所有物の特別展を行うことになっているのでそこでお目見えするか、装飾の蒔絵自体状態がいいこともあるので、その他のアジア系のものをメインにしている博物館などに貸し出しということもあり得ます。
また何か詳細が決まり次第、ここでお知らせします。
 
 
そして私はいくつかの筆記試験を終わらせたら、そろそろ卒論用の楽器を探し始めねばなりません。
作業期間が8週間(実技+筆記+製本)と決められているので、まずはテーマを決め楽器を探すか、楽器を見てテーマを決めるか。ちょっとすでにしんどそうですが、頑張ります。
 
 
 
 

インターン中@ニュルンベルク

大学の卒業必修にインターン研修と言うのがありまして、各大学各科様々ですが大体4か月ほどの実地訓練があります。

 

海外でも国内でもOKで、私たち保存・修復科の学生たちは自力で博物館・美術館の修復課や個人でやっている修復工房などにコンタクトを取り、自分の専攻する専門分野の指導教官(国家資格(大学の修復科卒)もしくはそれと同じレベルの資格を保持している修復家)を見つけ研修を行います。

 

無給だったり、お小遣い程度だったりと工学や金融系の学生に言うとアリエナイ!って憤慨されるうえに、私の大学では卒論レベルの論文を提出、その後口頭発表しなければなりません。(他の大学の修復科の学生に聞いたら作業レポートはあるけど論文はないって、私驚いたよ・・・)

 

私の大学の科では最低16週間と規定にあり、祝日が多い時期に始めたので約4か月、クリスマスマーケットで日本では有名なニュルンベルクにあるゲルマン国立博物館(Germanisches Nationalmuseum)の楽器修復部門で5月から開始しました。

 

大体普通は修復する作品を選べないのだけど、私の場合は元々楽器製作者で今まで楽器ばかりやってきたことと、希望した楽器が日本のものだったので許可が下り、ゲルマン民族に特化した博物館なので常設展示の予定はありませんが、日本の琴()の修復をします。

 

漆による蒔絵、寄木細工、絹の弦と装飾のマテリアルだけでも多彩ですけど、楽器の構造も中々面白そうです。

スーパーダイジェスト 6月 その3

Halleから南西へ20kmほど行ったところにBad Lauchstädt(バート・ラウフシュテット)という小さな街がある。

街の名前に「Bad」がつくものは大抵Kurort(クアオルト・保養地)の場合が多い。(昔はそうだったけど、今は違うと言うパターンもある)
ここも例に漏れず、保養地の一つ。
ちょっと年齢層の高い人がツアーで来てる感じがするが、それだけがメインではない。


Goethe-Theater(ゲーテ劇場)と呼ばれる、かの有名なゲーテがワイマール劇場トップディレクターの時に買い取り、夏シーズンに定期的に演劇が催されそう。(昔の貴族は夏の避暑にこう言う保養地に訪れる)
ただ劇場の設備に不満足だったゲーテが、宮廷建築家とかの協力を得て建直したものが、オリジナル(しかも現役!)でこの街に残っている。


ゲーテ時代のなので、舞台の大きさも客席の大きさも非常にコンパクト。
(狭いながらも、ちゃんとオケピもある)

しかし、ここの舞台装置はすごい。
まず、これ。舞台上の四角い切り抜き。
現代じゃ割と普通だけど。上下可動式の登場装置。


しかし、勿論ここはゲーテ劇場。1800年頃の代物ですから、床下は・・・・

人力!!!




勿論、シーンはずっと1つの場面じゃつまらない。けれど、シーンごとに暗幕降ろして総入れ替えしてたら雰囲気ぶちこわし!
でもさすが。舞台際を見るとスライド式で、3シーン背景早変わり!


しかし、勿論ここは(以下略)
床下ではこんな努力が行われている。




舞台装置もすごいけど、入り口にあるチケット販売窓口も工夫がされている。
1800年代当時はTaler(ターラー)と言う単位のお金が流通していたが、3つのコインが素早く分けやすく、チケットが買いやすい。




勿論今はユーロですから、活用さているかは分かりませんが。




ここはヘンデル音楽祭の際、オペラ上映をしています。ちょっと公共交通機関は不便なんで、ハレの中心部からシャトルバスに乗って見に行くんですが、さすがに小さな劇場なんで、毎年気がついた時にはチケットが完売してます。
私は去年も今年もアウトでした。(基本館内がヘンデル音楽祭仕様になり始めてから動き出すので)


興味がある方はチケット販売開始時期、要チェックです!
もちろん、それ以外の時期も何かしら上映してます。→Goethe-Theater



今回は例のごとく金魚の糞でついてきてたのですが、思いのほか裏方さんも愉快な人が多くて、踊ってて良いよーなんて言われても・・・

でも200年前でもこのクオリティ。舞台装置も含み、修復・保存しつつも大事に使われている感じがした。




計算違い


ホワイトクリスマスは結構なんだけど、まだ第1アドベント(クリスマス前のカウントダウンでクリスマスの4週前の日曜のこと)が終わったばかりなのに、雪がもっさり。





Winterdienst(除雪車)もこんなに降るのは予定してなかったのか、雪かきが間に合っていない。
自転車はもちろん乗れないので毎朝少し早めに起き、徒歩通勤。雪の上を歩き慣れていないので、変な筋肉を使い足が筋肉痛。
自転車に乗れなくなるくらいの雪の上を歩くのはもうちょっと先だと思ってた・・・計算違い・・・





この気温も見間違いだと思いたい・・・







こちらも計算違い。
とあるHammerflügel (ハンマーフリューゲル/グランドピアノの前身)の弦が切れてたので、課題ついでに弦計算してみることにする。2、3週間前に全部の弦長を測ったり、可能な限り(保存上の問題で無理は出来ない)弦の太さを測ったり、準備はしていた。


わたしの現在の担当には「ピアノ職人だから簡単かもだけど」なんて言われつつ、実際にはまともにやったことが無いと言う。
基本、数弦が切れたら前に切れた弦、もしくは同じ音の太さの物を測って使用するとか、オーバーホールでも弦計算し直すと言うことならMensurixと言うパソコンのソフト使ったり。昔の人だったら計算尺とか使ってたみたいだけど。


最近はひたすら昔のノートやら教科書やら引っぱりだし、ひたすら計算しまくる。
果ては、わたしの担当の卒論引っ張り出してもらったり、参考文献貸してもらったり・・・


が、明らかにおかしな張力になる。
(何だかんだピアノ職人なもので、大体の張力の予想はつくし何となくの回答は本などで知っている)


いや、こんなに強かったら楽器が歪む、つかその前に弦が普通に切れるだろ。
つか、この計算式の定数はどこから来たんだ・・・あ、現在のピアノの弦と少し種類が違うと言うことは材料密度が違うっしょ、と言うことは・・・つか、この本古いのか著者の問題か、単位がポンドじゃねーか!



と、まあ、すったもんだありまして。



久しぶりに、Excelと電卓とにらめっこで、目がシパシパ。




んー、これも計算違い。





戦争

戦後、日本に生まれたわたしとしては、戦争は教科書かTVの世界のもののようなイメージがある。



日本は2発の大打撃でもって今後戦争はしないと誓った。
でもあの2つ目の悲劇は本来わたしの生まれた北九州に投下される予定だった。
わたしの祖父母がその時期どこにいたのか正確には知らないが、おそらく近郊であることは間違いない。



もしかして、あの日天気がよかったら。



もしかしてもしかして、わたしは今こんなことを書いている存在ではないのかもしれない。






第2次世界大戦後、教会のパイプオルガンを含め、ヨーロッパでは数多くの楽器が失われている。
世界大戦でなくても戦争で得られるものは、失われるものの比にもならないくらい少ない。
わたしはそう思う。






1943年12月4日の真夜中、Grassi-Museumは一度崩壊した。