ハルバーシュタット大聖堂のパイプオルガンのふいご

前回の更新がすっごい昔ですが、私は元気です。生きてます。

ちょっとせっかくまとめるんだったらと思い、こちらにアップしてみました。

 

 


 

パイプオルガンのふいご

パイプに関してはパンフルートなど起源は紀元前と古く、複数のパイプを演奏するなどすると日本の笙など似たような楽器の存在が世界各地に存在します。

 

複数のパイプを圧力で音を鳴らす方法としては、紀元前後頃のギリシアの数学者でエンジニアのアレクサンドリアのヘロン(~62人没)が書物[1]Pneumatika[2]に書き残している、水圧式の通称「水オルガン」(ドイツ語だとHydraulis, Hydraullos, Hydraulen, Wasserorgelなど)がある。この水圧部分が空気圧に変わったのが今日のパイプオルガンの原理となります。

 

 

今回のテーマはその空気圧をパイプオルガン内部に送るための部品「ふいご」(Balg/Bälge)をピックアップ。

正直、今作業してるレポート行き詰っている時にここの管理人さんからちょっと質問されたことが非常に興味そそる内容だったんで、そっちにシフトチェンジ。(大きい町に住む特典は色んな図書館があるので資料揃いやすい!)

 

質問はこちら。

「プレトリウスの「楽器学大全」[3](郡司先生訳)に出てくるこのパイプオルガンのふいご、そもそも存在したんでしょうか?」

 

syntagma_musicum026

版画26

大きなふいごとカルカント達Calkanten(ふいご踏みの作業をする人)

 

ちなみに版画24、25,26は同じ楽器の部品で、24は手鍵盤のアップ、25は上から第1第2高音鍵盤、次が第3鍵盤、一番下が第4ペダル鍵盤。

 

 

結論としては存在してました。

 

Halberstatdt (ハルバーシュタット、ザクセン=アンハルト州)の大聖堂Dom 、正式名称Dom St. Stephanus und St. Sixtus にあるゴシック式のパイプオルガンがそうです。

現在のオルガン外観

現在のパイプオルガン

最初のパイプオルガンは1357頃から1361年にペダルなしのものをNicolaus Faber(ニコラウス・ファーバー)によって作られ、1495年のGregor Kleng(グレゴア・クレング)に大掛かりな改装で上記の鍵盤やふいごなどが追加されたとされています。これ以降正確な期日は不明ですが、約60年ほど教会の負債などで演奏されていない時期があったらしいですが、プレトリウス本人が1589年からハインリッヒ・ユリウス、ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンブッテル公の元、ハルバーシュタットで働き1594年頃からオルガニストとして活躍することになるので、上記挿絵はその頃のものと思われます。そのオルガンの再制作1495年以降からプレトリスの時期までは北側の回廊にオルガンとふいご室があったとされてます。1685年にはリノベーションと称して、ほとんどパイプオルガンの内部は変更され現存はしていません。[4]


 

版画24の手鍵盤の白鍵部分は約6cmあり、元々は引き鍵盤でその他の鍵盤は押すタイプとなる。ペダル鍵盤は現在みたいに足先ではなく膝か手で弾いていたとプレトリウスは書いています。

鍵盤の複製

複製した鍵盤

 

版画26のふいごは20個あり、10人のカルカント達が各2つのふいごを操作。正確なサイズは明記されていないけど、プレトリウス版画に記載されている尺度で計算すると6,50m平行の高さ、ふいごが開く側の幅が5,70m、後方が8mとハルバーシュタットの大聖堂内のふいごがあった部屋には当てはまらない。後方の壁は恐らく後から作られたものと思われるが、プレトリウスが各部品を丁寧に書くあまり多少の尺度のミスが生じている可能性もあるよう。今日の宝物庫の扉は2,32mx0,99m。2,34:1の比率となり、プレトリウスの版画の2,52:1と約18cmの差が生じるが、実際昔は宝物庫へは3段の階段があったとされているのでほぼ正確と言っていい。その尺度で版画の当時(中世)のカルカントは1,60mのがっちりした男性だった模様。毎回演奏のたび、10人来てたのかなどの記述は見つかってません。

1350mm長さ、ふいごのくびれが410mm後ろの稼働する部分の幅は570mm、約190mmほど開く仕組みとなっている。内部は60Lのボリュームで上部は40mmの分厚い板で重さが12kg、ふいごの蛇腹部分になる皮が21kg。カルカントは足で1kgほどの引き上げるハードな仕事になります。0,19mのふいごを踏むとなると13,7mkgとなりは容積は0,06m³(気温などの変化がない条件)で圧力225㎏/m²、オルガン界では水柱ミリメートルで表す用が多いようで225mmとなる。だいたい6秒ごとに踏むふいごを変えていた形となりかなりハード。

なお昔のふいごは重石や鉛の重さ利用していたようですが、カルカントという人力だど音が安定され、このような職業(大体副職として)も19世紀半ばまではあったようです。以降はほとんど送風装置タイプのものが主流となり、専門職のカルカントはいなくなりました。

ちなみにお城などでお抱えのパイプオルガンマイスターが常駐の場合は、練習時カルカントの代わりに常駐のパイプオルガン職人がふいごで空気を送る作業をしていたようです。(ここまで大きなふいごではないと思うけど)

昔聞いた話だけど、あんまりにもハードだから罪人が罪状でふいご踏みみたいなのがあったという話をライプチヒにいた頃、誰かから聞いたことがあるけど、ちょっと資料見たことないし眉唾。

 

1718年にパイプオルガン自体は3弾鍵盤となったけど、プロスペクト(正面)は当初のままバロックオルガンを残してます。以降の改装作業などのリスト。

職人(もしくは会社) 作品番号 変更内容
1718 Heinrich Herbst der Jüngere Neubau(新規製作)
1838 Johann Friedrich Schulze Umbau(改装)
1912 Friedrich Wilhelm Ernst Röver Neubau im alten Gehäuse(外装そのまま内部新規製作)
1942 Palandt & Sohnle Umbau(改装)
1965 Eule Orgelbau 319 Neubau im alten Gehäuse(外装そのまま内部新規製作)
2001 Reinhard Hüfken Verschiedene Tätigkeiten(鍵盤連結装置追加や電力によるメカ化など)

 

ふいごは数が多くて大きいほうがいいのか?

 

もちろんパイプの大きさや数、ストップレジスター(奏者が音色を選んでオンオフすることで空気の流れる音色の違うパイプを選ぶことが出来る。複数ということも可能)でその分必要な風量は変わります。

 

そもそもふいごはオルガンのために発明されたのではなく、まずは製鉄の際に使用開発発展していた経緯があります。

紀元前1世紀のローマの建築家、エンジニア、建築理論者であるVitruv[5]De Architectura(建築について)[6]という書物にブロンズ製の湿気に強いピストンポンプタイプのふいごから始まります。形にしてもヴァルブ付きのものからまずはバグパイプの様な袋タイプ、その後アコーディオンの様な蛇腹タイプへ。素材も皮などから始まるが、この皮にしても馬の筋肉の付いた部分、いや、象、牛、なめし具合が…等々色々試行錯誤があった模様。

ふいごの歴史

製鉄用のふいご(Agricola, Georg : De re metallice, Basel 1556 より)

 

蛇腹タイプは沢山の空気を一度に均等送れるという画期的なものだったが、短所としては、皮部分をネズミなどが齧って破れてしまうとふいごとして全く無意味になってしまうので、3~5年に一回魚の油と雄牛の胆汁や胆礬を混ぜたものを表面に塗るなどして予防をしていたらしい。(効果的だったかは不明)

更に蛇腹の折り目部分の皮は劣化や摩耗で破れやすく、空気漏れなどで長期の使用は非常に難しい。

のちの発明として皮製の蛇腹部分を木の板で組み立て、接続部分のみ皮、もしくは麻、羊皮紙などで接着している以下の様な今日のパターンとなる。[7]

640px-HalberstadtBurchardiChurchBellows

ハルバーシュタットの別の教会のふいご(白い所が皮)

フランスでは蛇腹が4~5つの折り目で大きめに制作されており、それによりたくさんの空気を等しく供給できた。ドイツではこのタイプのふいごは上記のように1つ折りの蛇腹で簡単に作られている。制作も簡単だが、複数の折り目の多いものより皮部分に負担が少なく長期にわたって使用が可能で長持ちした。版画を見る限りハルバーシュタットのものはこのタイプのものだったと思われます。

 

ちなみにフランスのディジョンにあるノートルダム教会のパイプオルガン(1350年制作のものか、その後継の1440年のものかは不明)には最も大きいふいごのだったとされる。これは30mmの分厚い3つ折りの蛇腹タイプで、サイズとしては若干ハルバーシュタットのものより大きかったよう。

数で言うとハルバーシュタットのものは20個あったとされてますが、同じ時期の同じ州のマグデブルクMagdeburg(どの教会かは不明だけど、時期と教会の大きさを考えると恐らく大聖堂)に同じようなサイズのもので24個あり、12人のカルカントでふいごを踏んでいたようです。

ふいご数とカルカントの作業で複数のストップレギスターでミックス音を弾く際でも、空気を均等に送ることが出来たとされますが、歌の伴奏の際、音が大きすぎると歌手からクレームもあったようで、大は小を兼ねるパーフェクトな結果とはならなかったようです。(オルガンはピアノと違って音量調整はできない)

 

と、まあ3,4日空き時間で調べたものなので、読み間違いや勘違いなどあるかもしれません。日本語書く方が時間かかったよ!

パイプオルガンに関しては基本の原理はだいたい何となく知っていますが、鍵盤楽器だからと言っても発音機構がそもそも違いますし、パイプオルガンにも専門の職人さんがピアノ職人と同じようにいます。ということで、専門家の方でミスなど見つけたらコッソリ教えてくれると嬉しいです。(*´ω`*)

 

あ、ちなみにハルバーシュタットはジョン・ケージのあの狂ったプロジェクト(褒めてます)をやっていますが、それはSankt-Burchardi-Kircheという廃教会で20個の大きなふいごのあったこの大聖堂とは別の教会です。

それと隣町のブランケンブルクBlankenburgにある元修道院だった建物を博物館と音楽アカデミー、セミナーなど多目的に使えるミヒャエルシュタイン修道院楽器博物館があります。時々ローラントのお手伝いで行ってましたが、緑の多い所にあり、元修道院らしく薬草庭園があったり、場所も余ってるので数年前に大改装してすごく見やすくて状態のいい楽器も置いてます。ただ!車がないとちょっぴり不便な場所にあるのです。さすが、元修道院。。。でもお勧めです。

 

 

以下脚注です。


[1] Traktatはいい日本語訳が思いつかないので書物と訳してます。論文として書いたつもりではなく、自分用もしくは修道士たち向けに書いた覚書のようなものも含むことがあるので。

主にTraktatとは手書きの一次文献(Primärliteratur)、原文稿となり、これ以降引用したものは二次、三次文献(Seknndär- Teritärliteratur)となり、一次文献の信用性は原本が残っていれば証明できるので絶大。二次、三次文献は、写し書きもしくは引用、又聞きetcとなり、書き損じ、聞き間違いなども含まれる可能性があることを考慮しないといけません。(厳格な区分ですが、論文を書く上では非常に重要となります)

[2] この書物のタイトルの通り空圧をメインに、蒸気圧、水圧などの圧力関係の機械について書かれている。

[3] プレトリウス(1571‐1621)の音楽大全II(初版1619年)

Praetorius, Michael: Syntagma musicum, Band 2 -De Organographia-, Wolfenbüttel 1619.

プレトリウス自身この地域(中央から東部ドイツ)で出生、活躍したので、楽器もこの辺のものが特に多いと思われます。

[4] アンドレアス・ヴェルクマイスター(1645-1705)の高度に改良したオルガン練習法(1698年刊行)

Werckmeister, Andreas: Erweiterte und verbesserte Orgel-Probe. Quedlinburg 1698.

彼は音楽理論家として有名で、ヴェルクマイスター調律法を記述した。ハルバーシュタットのマルティン教会のオルガニストとしても活躍した。

[5] Vitruv(ウィトルウィウスと日本語では訳してるが、どいつごだとヴィトルフに近い)もっぱら建築理論家としてのイメージが強い。建築家としてはあまり成功しなかったよう。

[6] ギリシアの柱の種類(ドリス、イオニア、コリント式)を明確化した他、当時の建築様式について詳しく説明がされており、エンジニアらしく水車についても論じている。

[7] Spanbälge といい、1419年英国ヨーク州ミュンスターで最古の利用が証明されている。なお、ドイツではプレトリウスが1520-1530年頃に紹介しているが、それより90年ほど前にはあった模様。

 

参考資料:

ミヒァエル・プレトリウス著 ; 郡司すみ訳・註:音楽大全 II、東京 2000.

Bormann, Karl: Die gotische Orgel zu Halberstadt. Berlin 1966.

 

インターネット資料:
ハルバーシュタット大聖堂のオルガン(ドイツ語)

オルガンデータバンク(オランダ語)

プレトリウス:音楽大全 II(日本語、24~26の挿絵部分のみ)
ジョン・ケージ:オルガン2/ASLSP(日本語)

 

 

インターン終了

インターン終了です。
 
後半はホント記憶があやふやなくらいですが何とか提出し終わり、先週やっと口頭発表が終わりました。
 
今回日本の楽器だったこともあり、日本の色々な大学、博物館、文化財修復工房、邦楽絃製作会社など、各所でお世話になった方々には本当に感謝の言葉しかありません。ありがとうございました。
 
日本の楽器は初めてだったのですが、非常に興味深い技術や素材の調査ができて非常に勉強になりました。比較楽器が手元にないので非常に苦戦しましたが、とにかく言えるのは、日本の職人さんの技術はすごい!
楽器自体の発音原理はすごく原始的なんですが、ヨーロッパでは使われない素材、絹の弦(邦楽器の場合は絃と呼ぶ)に調律システム(琴柱は取り外し式なので、琴自体に音律はなく、歌う人や合奏に合わせて音の高さや音律を調整できる。更に余韻を楽しむ奏法)などジックリ腰を据えると奥深くて、インターン中だけでは時間が足りませんでした。
今回、楽器はとはいえど博物館所有、長いこと絃を張った状態(ただし、琴柱は立てない状態)で安定していること、演奏というよりは装飾の技巧(もともと飾り筝)のほうが価値が高いことから演奏を可能にすることよりは現状維持を目指しました。張力を上げることで木画の部分の崩壊が進む恐れもあるし、現在このスタイルの飾り筝は製造されていないので。さらに短時間だけ琴柱を立てどういった音が鳴る(通常より低い音になる)のかということは出来るので、学術資料としても残す意味合いもあります。
 
楽器自体は元々ニュルンベルクの個人楽器収集家が集めていたもので、ゲルマン国立博物館に寄贈後は日の目を見ていません。一応、博物館の名前がゲルマンと分かるように、ドイツ語圏(及び近郊)の文化財の収集、研究がメインの機関なので、特にその他の地域のものは残念ながら常展示のテーマに沿いません。
しかし現在、たまたま元所有者のSammlung Rück(リュック)の調査プロジェクトが進行しており、来年以降も彼の所有物の特別展を行うことになっているのでそこでお目見えするか、装飾の蒔絵自体状態がいいこともあるので、その他のアジア系のものをメインにしている博物館などに貸し出しということもあり得ます。
また何か詳細が決まり次第、ここでお知らせします。
 
 
そして私はいくつかの筆記試験を終わらせたら、そろそろ卒論用の楽器を探し始めねばなりません。
作業期間が8週間(実技+筆記+製本)と決められているので、まずはテーマを決め楽器を探すか、楽器を見てテーマを決めるか。ちょっとすでにしんどそうですが、頑張ります。
 
 
 
 

インターン中@ニュルンベルク

大学の卒業必修にインターン研修と言うのがありまして、各大学各科様々ですが大体4か月ほどの実地訓練があります。

 

海外でも国内でもOKで、私たち保存・修復科の学生たちは自力で博物館・美術館の修復課や個人でやっている修復工房などにコンタクトを取り、自分の専攻する専門分野の指導教官(国家資格(大学の修復科卒)もしくはそれと同じレベルの資格を保持している修復家)を見つけ研修を行います。

 

無給だったり、お小遣い程度だったりと工学や金融系の学生に言うとアリエナイ!って憤慨されるうえに、私の大学では卒論レベルの論文を提出、その後口頭発表しなければなりません。(他の大学の修復科の学生に聞いたら作業レポートはあるけど論文はないって、私驚いたよ・・・)

 

私の大学の科では最低16週間と規定にあり、祝日が多い時期に始めたので約4か月、クリスマスマーケットで日本では有名なニュルンベルクにあるゲルマン国立博物館(Germanisches Nationalmuseum)の楽器修復部門で5月から開始しました。

 

大体普通は修復する作品を選べないのだけど、私の場合は元々楽器製作者で今まで楽器ばかりやってきたことと、希望した楽器が日本のものだったので許可が下り、ゲルマン民族に特化した博物館なので常設展示の予定はありませんが、日本の琴()の修復をします。

 

漆による蒔絵、寄木細工、絹の弦と装飾のマテリアルだけでも多彩ですけど、楽器の構造も中々面白そうです。

駆け足2015年前期 3月編②

せっかく遠出したその足で北路ハンブルクの友人に会いに。(実はそんなに近くない。苦笑)

 

前回はスタインウェイの滅多にやらないオープンハウス(大学のオープンキャンパスの企業版もたいなの)で元同僚と元同級生に会って工場見学がメインだったので、今回は町観光へ。

地元の友達の定期券が週末だと同乗者無料になるって聞いて、物凄く楽しんだ。

 

 

そしてもう一つの目的である、ハンブルクの工芸博物館(Museum für Kunst und Gewerbe (MKG) )にある楽器展示コーナーで英気を養う予定が、まさかのリノベーション中!! 前回、知り合いと行って物凄い駆け足なうえに質問ばかりされてほとんど自分の見たいものが見れなかったから、今回はすごく楽しみにしてたのに・・・!!無念!しかしまた来る!

 

しょんぼりした私を元気づけるため、友人が海に誘う。(ドイツは北部にしか海がありません。北海とバルト海)

さすがに寒すぎて3月は泳げないが海岸で泥遊びできるよ。よし、わちゃわちゃしに行くか!と海へ。

 

バルト海側のリューベック(Lübeck)、キール(Kiel)、北海側のククッスハーフェン(Cuxhafen)と港町で有名なとこはそのうち行くっしょ、と思いテキトーに地図見て一日で往復できて路線が海近くまで出ている北海側のビューズム(Büsum)と言う小さな町へ。

 

Unbenannt

 

 

ウッカリしてたよね。

島国出身だというのに、満潮と言う言葉を。

 

うん、寒かった・・・!!!

マイニンゲン博物館

最近、抜き打ちかのように頻繁に実家からスカイプがかかってきますけど、話のネタがもう4回くらい聞いたことあるのがだいぶんあるんですよ、母さん。 (その都度言っていると思いますが)

 

弟が長期出張で家を空けてると分かりやすい。 そんな彼女は増税前に移動用テレビ(そこそこ大きいけど持ち運びができる)を買って、色んな家事を見ながらやっているらしい。 それに飽きると私の出番らしい。

 

 

エナちゃん、いっつも家におるねー。

 

 

すいませんね、自宅警備員として多忙なもので。

すごい都合のいい女にされてる感が、半端ないので今週末は出かけました。

 

 

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それだけが理由ではないけれど、今年に入って久しぶり(多分2回目?)くらいに市外に出ました。

久しぶりの遠出すぎてドキがムネムネして電車で吐くかと思いました。(片道2時間半)

 

行き先はMeiningen(マイニンゲン)のマイニンゲン博物館

場所はギリ何とかチューリンゲン州ですが、フランケン地方となります。

昔はザクセン=マイニンゲン公国のお城でしたが今は博物館として、当時20世紀初期まで使用されていた当時の公爵の各お部屋や持ち物が展示されています。

 

wikiから

写真撮り忘れたのでwikiから転載

 

公爵家の人たちは芸術や音楽にも関心が深かったらしく、沢山の楽器も所有されてます。

まぁ、楽器が絡んでなければ週末自宅警備員の重い腰は上がりません、よね。

 

 

前に作業していた振り子時計のハープ部分の作業も終わり、報告書も提出準備ができているので、次の担当楽器、ドイツ語だとSpitzharfe(シュピッツハルフェ)、イタリア語だとarpanetta(アルパネッタ)への作業開始となりました。

日本語にすると「シュピッツハープ」とか訳されているように、一応ハープ族になるのでしょうが、響板が付いておりチェンバロのメカニック部分がない状態で両面に弦が張られている感じの楽器です。

 

担当楽器が別ウインドウで開きます

 

 

上のリンクの写真(多分1920年代に撮った写真)よりだいぶん欠損や傷みが激しいので、とりあえず比較楽器で資料や写真集めです。 この楽器自体、正確には分かりませんが世界にも10台(この助数詞があってるのか分からないけど)前後しかないので、イメージがわきません。

 

マイニンゲン博物館には2つシュピッツハルフェがあるのですが、そのうちの1つが写りの悪い写真を見る限り少し形状が似ているので、確認に。 修復作業をした人は知っている人なので、共通点が多いのなら資料協力お願いしなければと思いましたが、その必要はない感じの結果でした。 一応、特徴などを書き出しておいてますが、よくあることです。 こうやって少しずつ可能性を消していくわけですけど、少なからずこの楽器についての前知識がさっぱりだったので少し修復作業完了のイメージが持てました。

 

楽器展示してる部屋

楽器展示してる部屋

 

用事がすんだら、すごい小さな町ですが駅前に綺麗な公園もあったし、持ってきてたオニギリ食べながら散歩でもしようかと思ってたのに、2時間半ほど博物館に居座っている間に見事な雷雨に。

 

 

これだから外出は嫌だったんだ!!

 

 

見事な濡れマウス。
引きこもりが、たまに外に出るとこうなる。

 

 

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日曜は引きこもり、 もとい、自宅警備員らしく最近中古で見つけた旧東時代の専門書を読んでたら、 同じ製作者が出てきて叫ぶ。 ビックリしすぎて急に立ち上がって膝を棚の角に強打。

 

あべし!でも、こんなところに!!

 

制作年代も場所も、なんとなーく怪しく、とりあえず直接は関係ないけど何となく感が働いてクリストフォリ(現代のピアノの基礎を発明した人。個人的に通称、神と呼んでる)の調査書を流し読みしてたら、何か見知ってる部品発見・・・ 待って待って!!!

 

これは、

 

月曜に

 

要確認です。(落ち着いて)

 

 

はー、興奮しすぎて、ドキがムネムネ!!

 

 

吐きそう!!

 

 

ん。何か違う。

 

 

 

 

これ風邪だ。

 

 

スーパーダイジェスト 5月 その4

ロベルト・シューマンの生まれ故郷、Zwickau(ツヴィッカウ)に行く。


いや、随分前から行こう行こうと思ってたのですよ。Stein(シュタイン)のハンマーフリューゲルもあるし。
でもね、意外に日帰り出来る距離にあると、人間腰が重くなってしまうのね。
シューマン・ハウスは逃げないし。




んが。ついに重い腰をあげる時が来た。





友人のハンドボーラー(当時、ブンデスリーガ女子2部所属)のツヴィッカウでのホーム戦、およびシーズン最後の試合に加え、2部での活躍最後と言うことで、待った無し。
見たい見たい、応援いくよと言っておきながら、いっつも仕事の関係だったり用事で果たせてなかった約束がついに実現・・・!



相手が2部1位と言うことで、ドキドキハラハラしてたけど、なんと勝利!
みんな(選手も観客も)すごかったわー。
基本、初めて見る競技な上、えらい近くで見るもんなんで、ボールが観客席方面にパスされると「ヒィ!」と言いながら目をつぶるわ、あんまり速い速度で飛んでくもんで歓声でゴールしたことに気づくわ。。。
こっちでもドキドキハラハラ!


観客は地元密着型なんで、すごいの一言。
熱き応援団はアウェイでも選手の応援に行くが、やはり、ホームのサポート度は違う。


ツヴィッカウでの活躍は終わってしまったけど、1部での活躍期待してるぜ!!
(ハンドボールは俄ファンですが、推メンはUchibayashiです)



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そして、しっかり趣味の方も堪能。


シューマン・ハウス
ライプチヒにも同名の博物館がありますが、そっちは結婚後の新居で、ツヴィッカウの方は生家の方。


シューマン(とクララ(奥さん))縁の楽器、手紙その他諸々が展示されてます。
印象深かったのは、2人がまだ付合い始めの頃の「初デート(あれ、初チューだったか?)のあとにクララが送った自身の髪」。現代だったら手紙もレアでしょうが、髪なんて送られるとちょっとビックリだよね!でもその当時は分身として大事にしてたんだなー、と。うーん、ロマン!
あとはクララが子供達に出したシューマンの死を知らせる手紙。ちょっと涙チョチョ切れそうだった。。。。

楽器も1階のホールにコンサート用のグランドも揃えてますが、2階の展示室にもいくつか置かれてます。


1859年製のウィーン式アクションのベーゼンドルファー(Bösendorfer、Wienermechanik)、



1840年頃のドレスデンのピアノ会社ローゼンクランツ(Rosenkranz)のターフェルクラヴィーア(Tafelklavier)



1860年代製ドレスデンのピアノ会社ヴィーク(Wieck)のグランドと1904年頃に作られたペダル鍵盤(Pedalklatur)


監視のおばちゃんと仲良くなって、なかも少し見せてもらえました。
アメリカだったかな、同じようなペダル鍵盤があるらしいけど、弾けるのはここだけらしくCD録音もされてるようです。
弾いても良いよ、と言われ「ピアノは調律出来るけど弾けないんだよね・・・」言い訳したけど、ちょっと触っときゃ良かったと今更後悔。。。

ちなみに、クララの旧姓がこのピアノメーカーと同じWieckなんだけど、その関連性は一切書かれてないんで、多分他人?クララ自身はライプチヒ生まれだし、ドレスデンは150Kmくらい離れてるけど、同じザクセン内なので遠縁もあり得なくはないけれど。。。

写真で分かるようにめっちゃ逆光で、窓際に置かれているのですごく心配です。(外装も中身も光や温度に敏感なので)
特に近年「修復」(個人的に含みがあります)されているようなんで、もうちょっと気をつけて欲しいな、、、



そしてお待ちかね、1825年頃のシュタイン(Stein)のハンマーフリューゲル(Hammerflügel)

この部屋は進入禁止となっております。
この部屋でシューマンが生まれたらしく、この部屋に本当に彼の家族が当時使っていた机や家具が置かれてます。
このハンマーフリューゲルはクララが使っていたものと紹介されています。

※業界情報ですが、実際は同じ時期に作られた同じモデル。





思ってた以上に資料だけじゃなく楽器も多く、個人的に楽しめました。


結構日本人も来るのか、さり気なく案内で日本のサブカル・漫画でシューマンの生涯書かれてます!アピールや、本も置かれてました。



追記;コンサート

ビーバーネタを書いたあとにビーバーを書くのはわざとではないんですが。
(ビーバー違いです)


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Heinrich Ignaz Franz von Biber 1644−1704
(ハインリヒ・イグナーツ・フランツ・フォン・ビーバー)
かの有名なバッハと同じくバロック時代に活躍した、チェコ(当時のボヘミア)生まれの作曲家でヴァイオリニスト。
しかしバッハよりも40年ほど前に産まれているし、活躍したのはオーストリア・ザルツブルク。


先日聞いたコンサートはこのビーバー作曲の「Rosenkranz-Sonaten」(ロザリオのソナタ)をヘンデル・ハウス所蔵のヴァイオリンを使って、Theorbe(テオルボ/ボディはリュートっぽいけどネックが凄く長い通奏低音楽器)とチェンバロとポジティフ・オルガンとのもの。
Händel-Haus では毎回ではないけれど、時々所蔵楽器をコンサート+解説付きで行っている。


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ヴァイオリンは楽器製作(現在は特に金管とアコーディオン)とウィンタースポーツで有名なザクセン州のKlingenthal (クリンゲンタール)と言うチェコとの国境沿いの街で、1781年、Friedrich Wilhelm Meisel(フリードリッヒ・ヴィルヘルム・マイセル)が製作したもの。


特記すべきことはこの楽器、オリジナルのネックとチューニングピンを持っていること。
ヴァイオリンはチョンバロほど改造や大きな進化もしていないので、オリジナル部分が多いと言える。
チェンバロはRavalement(ラヴァルマン・フランス語で改良・改造)という過去に作られた名器を良くも悪くも大改造(grand ravalement )だったり、ちょっと弄ったり(petit ravalement)と18世紀半ばにブームだった。


同じように18世紀末にチョンバロほどないにせよ、人は大きな音を求め、ヴァイオリンも改造されることがあった。
楽器を良く知らない人でも知っているような、ストラディヴァリもアマティもグァルネリのヴァイオリンも、大抵「駒」と呼ばれる楽器の中心に載っている(琴で言う「柱」)部品はオリジナルではない。むろん消耗しやすい弦も。(当時の主流は羊腸のガット弦)

大きな音量を求められると必然的に、駒の大きさ(高さ)を変え、弦を強いものにする。音域を広げたいならネック部分も取り替えることになり、張力が上がると言うことはチューニングピンも新しくしなければいけない。


と言ったような当時の風潮の中で、楽器のネックとチューニングピンがオリジナルと言うことは、かなり希少性が伺える。





ヴァイオリンという楽器には4本の弦が正面左側・低音からG線(ソ/g)・D線(レ/d1)・A線(ラ /a1)・E線(ミ/e2)と完全5度で張られている。

バロック時代まではこの基本的な調弦が共通しておらず、時々作曲家が曲によって任意の調弦の指示を書いている。
この調弦方法をScordatura(スコルダトゥーラ)と言い、調によって喜びや悲しみその他諸々を響き方で表してており、印象が変わる。
もちろん現代の調弦の仕方で楽譜を移調すれば、平均律なら異名同音として弾けるけど・・・微妙に違ってくる。
今回のコンサートはこのやり方を駆使した作品で、ヴァイオリニストはかなりのテクニックが必要。


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今回私の聞いた「Rosenkranz-Sonaten」(ロザリオのソナタ)は題名から分かるように、キリスト教での聖母マリアの生涯を受胎告知から、そしてキリストの受難・復活・戴冠までの15の場面の章に分け、最後にヴァイオリンの無伴奏曲で締められた、計16章の宗教曲になる。
そしてスコルダトゥーラは各章このような感じ。(Wikiからの転載)





上記15の場面は5章ずつ3つのGeheimnisse(神秘)に分けられる。
私はクリスチャンでないので若干アバウトになりますが、以下ドイツ語は当日もらったプログラムから、日本語訳はWikiから、太文字が今回の演奏したプログラムとなる。


    Freudenreiche Geheimnisse(喜びの神秘)

  1. Jesus, den du, o Jungfrau, vom Heiligen Geist empfangen hast.(聖母マリアの受胎告知)
  2. Jesus, den du, o Jungfrau, zu Elisabeth getragen hast.(聖母のエリザベト訪問)
  3. Jesus, den du, o Jungfrau, in Betlehem geboren hast.(主の誕生)
  4. Jesus, den du, o Jungfrau, im Tempel aufgeopfert hast.(聖母、主を神殿に奉献)
  5. Jesus, den du, o Jungfrau, im Tempel wiedergefunden hast. (神殿での主イエスの発見)


  6. Schmerzhafte Geheimnisse(苦しみの神秘)

  7. Jesus, der für uns Blut geschwitzt hat.(オリーヴ山での苦しみ)
  8. Jesus, der für uns gegeißelt worden ist. (鞭打ち)
  9. Jesus, der für uns mit Dornen gekrönt worden ist.(茨の冠)
  10. Jesus, der für uns das schwere Kreuz getragen hat.(十字架の道行き)
  11. Jesus, der für uns gekreuzigt worden ist.(十字架上での死去)


  12. Glorreiche Geheimnisse(栄えの神秘)

  13. Jesus, der von den Toten auferstanden ist. (主の復活)
  14. Jesus, der in den Himmel aufgefahren ist.(主の昇天)
  15. Jesus, der uns den Heiligen Geist gesandt hat.(聖霊降臨)
  16. Jesus, der dich, o Jungfrau, in den Himmel aufgenommen hat.(聖母の被昇天)
  17. Jesus, der dich, o Jungfrau, im Himmel gekrönt hat.(聖母の戴冠)



Schutzengel(守護天使)


****************



注)まさかこんな面白い話が聞けるとは思ってなかったんで、メモ無しの私のショボイ記憶力のみですので、多いに間違っているかも。


この楽譜が発見されたのは19世紀末ニュールンベルク(?とりあえずバイエルン)の公文書保管所で、20世紀初頭にビーバーの作品だと言うことが分かったは良いが、この全16章の曲の表紙が抜けており、宗教曲だが何のために作曲されたかは分かっていない。(特に最後の「守護天使」のみヴァイオリン独奏なので)
特徴的なのは各章の最初にその曲のモチーフとなる版画が添えられている。


デジタルライブラリへ
(クリックして行くとページがめくれ、オリジナルの譜面と版画が見れる)



今回、私が聞いた時には演奏されなかった(全部演奏するとCD2枚分)けど11章目の曲のスコルダトゥーラの指示は「真ん中の2本の弦を駒と駒とチューニングアジャスターでクロスさせること」。


どんな感じかと言うと、こんな感じ。(画像はWikiからの転載)





楽器としてこんなことして大丈夫なのかは分からない。
だが、色々なオタク もとい、専門家は調べた。
このクロスは十字架から来ている(ちょうど曲としてもイエスが復活するところ)、他にも各章の音符の数を数えたところ宗教的に関連した数字がでる(292とか97?うろ覚え過ぎて当たってないかも)とか、天文学者ケプラーの法則によって音符数が決められ云々・・・。


ちょっと突飛過ぎたのもあったりしたが、この「ロザリオのソナタ」の別名「ミステリー・ソナタ」。


謎の多いソナタだが、非常に魅力的。
あまりに調弦回数が多い、もしくは楽器をチェンジすることが多いので全曲演奏を1日ですることはなさそうなので、早速、iStoreで購入。。。
非常に良いです。


バ・ロッカー(バロック好き)にはお勧めです。






こんなにモリモリ書いておきながら、実はどっちのビーバーも全く関係ない内容の入試が来週末にあったりすると言う・・・。


何してんだ、自分。。。



戦争

戦後、日本に生まれたわたしとしては、戦争は教科書かTVの世界のもののようなイメージがある。



日本は2発の大打撃でもって今後戦争はしないと誓った。
でもあの2つ目の悲劇は本来わたしの生まれた北九州に投下される予定だった。
わたしの祖父母がその時期どこにいたのか正確には知らないが、おそらく近郊であることは間違いない。



もしかして、あの日天気がよかったら。



もしかしてもしかして、わたしは今こんなことを書いている存在ではないのかもしれない。






第2次世界大戦後、教会のパイプオルガンを含め、ヨーロッパでは数多くの楽器が失われている。
世界大戦でなくても戦争で得られるものは、失われるものの比にもならないくらい少ない。
わたしはそう思う。






1943年12月4日の真夜中、Grassi-Museumは一度崩壊した。





Grassi Museum(グラッシィ博物館)について

わたしの9月からの研修先であるGrassi Museum(グラッシィ博物館)について紹介。





実はこの博物館、一つの建物の中に3つの分館があるんです。





解説書からの引用

Grassi Museum für Angewandte Kunst(工芸美術館)では古代から20世紀にいたる工芸史、
Grassi Museum für Völkerkunde(民族博物館)では地球上の6大陸の人々の生活と美術、
Grassi Museum für Musikinstrumente(楽器博物館)では5世紀以上にわたる楽器の歴史、
それらが総面積3万平方メートルもある博物館のなかで展示されている。



わたしの研修先は上記のGrassi Museum für Musikinstrumenteと言われる楽器博物館での研修。
他の分館は確認していないけど、楽器博物館に関してはLeipzig大学所蔵楽器部門でもある。



楽器博物館にはルネッサンス16世紀から現代20世紀までの世界の楽器の約5,000点、聖像研究のコレクション、また歴史的な音を保存する媒体のコレクション、その中には約3500点の自動演奏ピアノのための楽譜や数多くの録音記録がある。


鍵盤楽器で言うと、世界最古と言われる16世紀半ばのクラヴィコードとか、ピアノの原理を発明したと言われる楽器制作家クリストフォリのHammerflügel(現存する彼の楽器ではオリジナル部分の多い状態)と呼ばれるピアノの前身の楽器が有名。








開館時間

  • 火曜から日曜日、および祝日:10時〜18時
  • 基本的にドイツの博物館・美術館は月曜日が定休館日。

  • 注)12月24日と31日は休館日。



入館料

  • 楽器博物館のみ               大人:5ユーロ  子供および学生:3ユーロ
  • コンビ・チケット              大人:12ユーロ 子供および学生:9ユーロ
    (Grassi-Museum内3つの博物館)
  • オーディオガイド              1ユーロ
  • 写真許可証                 2,50ユーロ
    (フラッシュおよび出版物への使用禁止)



  • 毎月第1水曜日は入館料無料








古楽器博物館 in バーゼル

一応、スイスでは一番大きな古楽器博物館と聞いていたんだけど、思たより大きくなかった上に金管がメインって感じがしなくもなかった。
そう考えるとドイツって至る所に古楽器博物館があるし、クオリティーも高いなー。

以下詳細。
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