ハルバーシュタット大聖堂のパイプオルガンのふいご

前回の更新がすっごい昔ですが、私は元気です。生きてます。

ちょっとせっかくまとめるんだったらと思い、こちらにアップしてみました。

 

 


 

パイプオルガンのふいご

パイプに関してはパンフルートなど起源は紀元前と古く、複数のパイプを演奏するなどすると日本の笙など似たような楽器の存在が世界各地に存在します。

 

複数のパイプを圧力で音を鳴らす方法としては、紀元前後頃のギリシアの数学者でエンジニアのアレクサンドリアのヘロン(~62人没)が書物[1]Pneumatika[2]に書き残している、水圧式の通称「水オルガン」(ドイツ語だとHydraulis, Hydraullos, Hydraulen, Wasserorgelなど)がある。この水圧部分が空気圧に変わったのが今日のパイプオルガンの原理となります。

 

 

今回のテーマはその空気圧をパイプオルガン内部に送るための部品「ふいご」(Balg/Bälge)をピックアップ。

正直、今作業してるレポート行き詰っている時にここの管理人さんからちょっと質問されたことが非常に興味そそる内容だったんで、そっちにシフトチェンジ。(大きい町に住む特典は色んな図書館があるので資料揃いやすい!)

 

質問はこちら。

「プレトリウスの「楽器学大全」[3](郡司先生訳)に出てくるこのパイプオルガンのふいご、そもそも存在したんでしょうか?」

 

syntagma_musicum026

版画26

大きなふいごとカルカント達Calkanten(ふいご踏みの作業をする人)

 

ちなみに版画24、25,26は同じ楽器の部品で、24は手鍵盤のアップ、25は上から第1第2高音鍵盤、次が第3鍵盤、一番下が第4ペダル鍵盤。

 

 

結論としては存在してました。

 

Halberstatdt (ハルバーシュタット、ザクセン=アンハルト州)の大聖堂Dom 、正式名称Dom St. Stephanus und St. Sixtus にあるゴシック式のパイプオルガンがそうです。

現在のオルガン外観

現在のパイプオルガン

最初のパイプオルガンは1357頃から1361年にペダルなしのものをNicolaus Faber(ニコラウス・ファーバー)によって作られ、1495年のGregor Kleng(グレゴア・クレング)に大掛かりな改装で上記の鍵盤やふいごなどが追加されたとされています。これ以降正確な期日は不明ですが、約60年ほど教会の負債などで演奏されていない時期があったらしいですが、プレトリウス本人が1589年からハインリッヒ・ユリウス、ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンブッテル公の元、ハルバーシュタットで働き1594年頃からオルガニストとして活躍することになるので、上記挿絵はその頃のものと思われます。そのオルガンの再制作1495年以降からプレトリスの時期までは北側の回廊にオルガンとふいご室があったとされてます。1685年にはリノベーションと称して、ほとんどパイプオルガンの内部は変更され現存はしていません。[4]


 

版画24の手鍵盤の白鍵部分は約6cmあり、元々は引き鍵盤でその他の鍵盤は押すタイプとなる。ペダル鍵盤は現在みたいに足先ではなく膝か手で弾いていたとプレトリウスは書いています。

鍵盤の複製

複製した鍵盤

 

版画26のふいごは20個あり、10人のカルカント達が各2つのふいごを操作。正確なサイズは明記されていないけど、プレトリウス版画に記載されている尺度で計算すると6,50m平行の高さ、ふいごが開く側の幅が5,70m、後方が8mとハルバーシュタットの大聖堂内のふいごがあった部屋には当てはまらない。後方の壁は恐らく後から作られたものと思われるが、プレトリウスが各部品を丁寧に書くあまり多少の尺度のミスが生じている可能性もあるよう。今日の宝物庫の扉は2,32mx0,99m。2,34:1の比率となり、プレトリウスの版画の2,52:1と約18cmの差が生じるが、実際昔は宝物庫へは3段の階段があったとされているのでほぼ正確と言っていい。その尺度で版画の当時(中世)のカルカントは1,60mのがっちりした男性だった模様。毎回演奏のたび、10人来てたのかなどの記述は見つかってません。

1350mm長さ、ふいごのくびれが410mm後ろの稼働する部分の幅は570mm、約190mmほど開く仕組みとなっている。内部は60Lのボリュームで上部は40mmの分厚い板で重さが12kg、ふいごの蛇腹部分になる皮が21kg。カルカントは足で1kgほどの引き上げるハードな仕事になります。0,19mのふいごを踏むとなると13,7mkgとなりは容積は0,06m³(気温などの変化がない条件)で圧力225㎏/m²、オルガン界では水柱ミリメートルで表す用が多いようで225mmとなる。だいたい6秒ごとに踏むふいごを変えていた形となりかなりハード。

なお昔のふいごは重石や鉛の重さ利用していたようですが、カルカントという人力だど音が安定され、このような職業(大体副職として)も19世紀半ばまではあったようです。以降はほとんど送風装置タイプのものが主流となり、専門職のカルカントはいなくなりました。

ちなみにお城などでお抱えのパイプオルガンマイスターが常駐の場合は、練習時カルカントの代わりに常駐のパイプオルガン職人がふいごで空気を送る作業をしていたようです。(ここまで大きなふいごではないと思うけど)

昔聞いた話だけど、あんまりにもハードだから罪人が罪状でふいご踏みみたいなのがあったという話をライプチヒにいた頃、誰かから聞いたことがあるけど、ちょっと資料見たことないし眉唾。

 

1718年にパイプオルガン自体は3弾鍵盤となったけど、プロスペクト(正面)は当初のままバロックオルガンを残してます。以降の改装作業などのリスト。

職人(もしくは会社) 作品番号 変更内容
1718 Heinrich Herbst der Jüngere Neubau(新規製作)
1838 Johann Friedrich Schulze Umbau(改装)
1912 Friedrich Wilhelm Ernst Röver Neubau im alten Gehäuse(外装そのまま内部新規製作)
1942 Palandt & Sohnle Umbau(改装)
1965 Eule Orgelbau 319 Neubau im alten Gehäuse(外装そのまま内部新規製作)
2001 Reinhard Hüfken Verschiedene Tätigkeiten(鍵盤連結装置追加や電力によるメカ化など)

 

ふいごは数が多くて大きいほうがいいのか?

 

もちろんパイプの大きさや数、ストップレジスター(奏者が音色を選んでオンオフすることで空気の流れる音色の違うパイプを選ぶことが出来る。複数ということも可能)でその分必要な風量は変わります。

 

そもそもふいごはオルガンのために発明されたのではなく、まずは製鉄の際に使用開発発展していた経緯があります。

紀元前1世紀のローマの建築家、エンジニア、建築理論者であるVitruv[5]De Architectura(建築について)[6]という書物にブロンズ製の湿気に強いピストンポンプタイプのふいごから始まります。形にしてもヴァルブ付きのものからまずはバグパイプの様な袋タイプ、その後アコーディオンの様な蛇腹タイプへ。素材も皮などから始まるが、この皮にしても馬の筋肉の付いた部分、いや、象、牛、なめし具合が…等々色々試行錯誤があった模様。

ふいごの歴史

製鉄用のふいご(Agricola, Georg : De re metallice, Basel 1556 より)

 

蛇腹タイプは沢山の空気を一度に均等送れるという画期的なものだったが、短所としては、皮部分をネズミなどが齧って破れてしまうとふいごとして全く無意味になってしまうので、3~5年に一回魚の油と雄牛の胆汁や胆礬を混ぜたものを表面に塗るなどして予防をしていたらしい。(効果的だったかは不明)

更に蛇腹の折り目部分の皮は劣化や摩耗で破れやすく、空気漏れなどで長期の使用は非常に難しい。

のちの発明として皮製の蛇腹部分を木の板で組み立て、接続部分のみ皮、もしくは麻、羊皮紙などで接着している以下の様な今日のパターンとなる。[7]

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ハルバーシュタットの別の教会のふいご(白い所が皮)

フランスでは蛇腹が4~5つの折り目で大きめに制作されており、それによりたくさんの空気を等しく供給できた。ドイツではこのタイプのふいごは上記のように1つ折りの蛇腹で簡単に作られている。制作も簡単だが、複数の折り目の多いものより皮部分に負担が少なく長期にわたって使用が可能で長持ちした。版画を見る限りハルバーシュタットのものはこのタイプのものだったと思われます。

 

ちなみにフランスのディジョンにあるノートルダム教会のパイプオルガン(1350年制作のものか、その後継の1440年のものかは不明)には最も大きいふいごのだったとされる。これは30mmの分厚い3つ折りの蛇腹タイプで、サイズとしては若干ハルバーシュタットのものより大きかったよう。

数で言うとハルバーシュタットのものは20個あったとされてますが、同じ時期の同じ州のマグデブルクMagdeburg(どの教会かは不明だけど、時期と教会の大きさを考えると恐らく大聖堂)に同じようなサイズのもので24個あり、12人のカルカントでふいごを踏んでいたようです。

ふいご数とカルカントの作業で複数のストップレギスターでミックス音を弾く際でも、空気を均等に送ることが出来たとされますが、歌の伴奏の際、音が大きすぎると歌手からクレームもあったようで、大は小を兼ねるパーフェクトな結果とはならなかったようです。(オルガンはピアノと違って音量調整はできない)

 

と、まあ3,4日空き時間で調べたものなので、読み間違いや勘違いなどあるかもしれません。日本語書く方が時間かかったよ!

パイプオルガンに関しては基本の原理はだいたい何となく知っていますが、鍵盤楽器だからと言っても発音機構がそもそも違いますし、パイプオルガンにも専門の職人さんがピアノ職人と同じようにいます。ということで、専門家の方でミスなど見つけたらコッソリ教えてくれると嬉しいです。(*´ω`*)

 

あ、ちなみにハルバーシュタットはジョン・ケージのあの狂ったプロジェクト(褒めてます)をやっていますが、それはSankt-Burchardi-Kircheという廃教会で20個の大きなふいごのあったこの大聖堂とは別の教会です。

それと隣町のブランケンブルクBlankenburgにある元修道院だった建物を博物館と音楽アカデミー、セミナーなど多目的に使えるミヒャエルシュタイン修道院楽器博物館があります。時々ローラントのお手伝いで行ってましたが、緑の多い所にあり、元修道院らしく薬草庭園があったり、場所も余ってるので数年前に大改装してすごく見やすくて状態のいい楽器も置いてます。ただ!車がないとちょっぴり不便な場所にあるのです。さすが、元修道院。。。でもお勧めです。

 

 

以下脚注です。


[1] Traktatはいい日本語訳が思いつかないので書物と訳してます。論文として書いたつもりではなく、自分用もしくは修道士たち向けに書いた覚書のようなものも含むことがあるので。

主にTraktatとは手書きの一次文献(Primärliteratur)、原文稿となり、これ以降引用したものは二次、三次文献(Seknndär- Teritärliteratur)となり、一次文献の信用性は原本が残っていれば証明できるので絶大。二次、三次文献は、写し書きもしくは引用、又聞きetcとなり、書き損じ、聞き間違いなども含まれる可能性があることを考慮しないといけません。(厳格な区分ですが、論文を書く上では非常に重要となります)

[2] この書物のタイトルの通り空圧をメインに、蒸気圧、水圧などの圧力関係の機械について書かれている。

[3] プレトリウス(1571‐1621)の音楽大全II(初版1619年)

Praetorius, Michael: Syntagma musicum, Band 2 -De Organographia-, Wolfenbüttel 1619.

プレトリウス自身この地域(中央から東部ドイツ)で出生、活躍したので、楽器もこの辺のものが特に多いと思われます。

[4] アンドレアス・ヴェルクマイスター(1645-1705)の高度に改良したオルガン練習法(1698年刊行)

Werckmeister, Andreas: Erweiterte und verbesserte Orgel-Probe. Quedlinburg 1698.

彼は音楽理論家として有名で、ヴェルクマイスター調律法を記述した。ハルバーシュタットのマルティン教会のオルガニストとしても活躍した。

[5] Vitruv(ウィトルウィウスと日本語では訳してるが、どいつごだとヴィトルフに近い)もっぱら建築理論家としてのイメージが強い。建築家としてはあまり成功しなかったよう。

[6] ギリシアの柱の種類(ドリス、イオニア、コリント式)を明確化した他、当時の建築様式について詳しく説明がされており、エンジニアらしく水車についても論じている。

[7] Spanbälge といい、1419年英国ヨーク州ミュンスターで最古の利用が証明されている。なお、ドイツではプレトリウスが1520-1530年頃に紹介しているが、それより90年ほど前にはあった模様。

 

参考資料:

ミヒァエル・プレトリウス著 ; 郡司すみ訳・註:音楽大全 II、東京 2000.

Bormann, Karl: Die gotische Orgel zu Halberstadt. Berlin 1966.

 

インターネット資料:
ハルバーシュタット大聖堂のオルガン(ドイツ語)

オルガンデータバンク(オランダ語)

プレトリウス:音楽大全 II(日本語、24~26の挿絵部分のみ)
ジョン・ケージ:オルガン2/ASLSP(日本語)

 

 

Oberhof オーバーホーフ

2017年始まりました。

 

宣言してた通り、冬のワンゲル。

今回もチューリンゲンの森でも雪深いと有名のOberhof オーバーホーフへ。ここは冬のスポーツ(ジャンプ、クロカン、バイアスロンとか)の練習場や設備の整った町です。去年行ったZella-Mellisツェラ・メリスの隣町。

 

駅から出発でコースはこんな感じ。だいたい13,4kmを6時間くらいなので、雪を考慮して11kmコース。

元気なうちに坂道をクリアしとこうってことで、逆走で。

 

oberhof1

 

今回のメンバーは常連スージーとカーステン。 今回は天気も雪もいい感じ!

 

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Rennsteigレンシュタイクは最古最長のハイキングロードとして有名なのもあって人が多い。私たちは少しだけレンシュタイクを通過していくコース。

そりの貸し出しやクロカンやってる人、馬車も出てた。25ユーロだそう。物凄い大きい馬。ばんえい競馬とかこんな感じなのかな。昔流行ったような厚底ブーツ履いてるような分厚い脚にムキムキの体、顔はかわいいです。

 

Oberhof_019

 

レンシュタイクで見かけた馬車(ビデオ18秒)

 

 

お昼休憩を競技場で取って、元気を取り戻したら調子乗りすぎた。

1,2・・・

1,2・・・

 

どりゃ!

どりゃ!

 

べちょん!

べちょん!

 

ドイツ人の雪の妖精(埋もれた後、両腕両足をパタパタして羽と服のように見立てる)と日本人の堕天した雪の妖精。

 

 ジャンプ台。

 Oberhof-022

 

人生で初めて見たよ。めっちゃ高い。

リフトのあるとこまで降りれるから、行ってみよう。

 

 

段々暗くなり始めたし、道なくなってきたよ!

 

ザックザック・・・

ザックザック・・・

疲れてきたー

ヘロヘロー

わー、夕日きれー!!

Oberhof-041

 

あれ?でもなんか道違うくない??

三人寄れば文殊の知恵ってね。

三人寄れば文殊の知恵ってね。

 

結局、森の中でばったり会った地元の人に聞いたら、微妙にツェラ・メリス駅のほうが近いかなーってことで、南下を続ける。

 

 

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後で確認したらだいぶん迷走してた!!

 

 

結局7時間ほど散策してたからクタクタで、帰りの電車は爆食後、3人とも爆睡。

翌日はお決まりの筋肉痛、でもめっちゃ楽しかったー!

 

スージー、カーステン、えりな

スージー、カーステン、えりな

 

 

 

2016年 ハイライト

今日、実家でのクリスマス休暇から帰ってきたSusiと遅ればせながらのクリスマスの残りで、今年の思い出と愚痴大会(大晦日にもう一度するだろうけど)で、てっきり上げたつもりになってた記事をまとめますね。

 

1月 

チューリンゲンの森にある町Zella-Melis(ツェラ・メリス)からWinterwanderung(冬のワンゲル)

Susiと次の場所は決めたし、今冬もやるよ!

 

4月 

学校前の停留所の桜が満開。
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5月 

ニュルンベルク研修中。友達が遊びに来た。
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仲良くなりすぎて夜這い(早朝)にあった
午前6時(ビデオ30秒)

 

7月 

仕事でチロル地方のBerechtesgarten(ベレヒテスガルテン)のConnieとJochenの所に。


半分仕事半分休暇。超いいところだった・・・

来年はハンマー交換で多分日数長くなるだろうけど、全然苦じゃない。

 

12月 

正直今年は行くつもりなかったクリスマスマーケットに半分拉致られる感じで行く。


クリスマスマーケットは相変わらず人が多くて感想としては例年通り「もういい」だけど、Ega-Park(エガパーク。エアフルトにある植物園)の催し物(右)は良かった。

 

 

あとは楽器の写真しかないという、とっても残念な西田さんの2016年の写真データでした。

 

 

今年はあと3日バイトと豆糊の実験して、大晦日はSusiと多分年越しそば食べて「今年の罪の浄化(苦笑)」(うまく説明できなくて「悪いことを断ち切ったり来年の縁起を呼ぶもの」がこうなった)でフレッシュな感じで2017年・・・の前に部屋片づけないと!!

 

SNSもここもあまりにも発信頻度が少ないので、たまに生存確認をされますが生きてますよ。(*´ω`*)

来年はもう少しここで何か報告できるように頑張りますねー。良いお年を!

 

 

インターン終了

インターン終了です。
 
後半はホント記憶があやふやなくらいですが何とか提出し終わり、先週やっと口頭発表が終わりました。
 
今回日本の楽器だったこともあり、日本の色々な大学、博物館、文化財修復工房、邦楽絃製作会社など、各所でお世話になった方々には本当に感謝の言葉しかありません。ありがとうございました。
 
日本の楽器は初めてだったのですが、非常に興味深い技術や素材の調査ができて非常に勉強になりました。比較楽器が手元にないので非常に苦戦しましたが、とにかく言えるのは、日本の職人さんの技術はすごい!
楽器自体の発音原理はすごく原始的なんですが、ヨーロッパでは使われない素材、絹の弦(邦楽器の場合は絃と呼ぶ)に調律システム(琴柱は取り外し式なので、琴自体に音律はなく、歌う人や合奏に合わせて音の高さや音律を調整できる。更に余韻を楽しむ奏法)などジックリ腰を据えると奥深くて、インターン中だけでは時間が足りませんでした。
今回、楽器はとはいえど博物館所有、長いこと絃を張った状態(ただし、琴柱は立てない状態)で安定していること、演奏というよりは装飾の技巧(もともと飾り筝)のほうが価値が高いことから演奏を可能にすることよりは現状維持を目指しました。張力を上げることで木画の部分の崩壊が進む恐れもあるし、現在このスタイルの飾り筝は製造されていないので。さらに短時間だけ琴柱を立てどういった音が鳴る(通常より低い音になる)のかということは出来るので、学術資料としても残す意味合いもあります。
 
楽器自体は元々ニュルンベルクの個人楽器収集家が集めていたもので、ゲルマン国立博物館に寄贈後は日の目を見ていません。一応、博物館の名前がゲルマンと分かるように、ドイツ語圏(及び近郊)の文化財の収集、研究がメインの機関なので、特にその他の地域のものは残念ながら常展示のテーマに沿いません。
しかし現在、たまたま元所有者のSammlung Rück(リュック)の調査プロジェクトが進行しており、来年以降も彼の所有物の特別展を行うことになっているのでそこでお目見えするか、装飾の蒔絵自体状態がいいこともあるので、その他のアジア系のものをメインにしている博物館などに貸し出しということもあり得ます。
また何か詳細が決まり次第、ここでお知らせします。
 
 
そして私はいくつかの筆記試験を終わらせたら、そろそろ卒論用の楽器を探し始めねばなりません。
作業期間が8週間(実技+筆記+製本)と決められているので、まずはテーマを決め楽器を探すか、楽器を見てテーマを決めるか。ちょっとすでにしんどそうですが、頑張ります。
 
 
 
 

インターン中@ニュルンベルク

大学の卒業必修にインターン研修と言うのがありまして、各大学各科様々ですが大体4か月ほどの実地訓練があります。

 

海外でも国内でもOKで、私たち保存・修復科の学生たちは自力で博物館・美術館の修復課や個人でやっている修復工房などにコンタクトを取り、自分の専攻する専門分野の指導教官(国家資格(大学の修復科卒)もしくはそれと同じレベルの資格を保持している修復家)を見つけ研修を行います。

 

無給だったり、お小遣い程度だったりと工学や金融系の学生に言うとアリエナイ!って憤慨されるうえに、私の大学では卒論レベルの論文を提出、その後口頭発表しなければなりません。(他の大学の修復科の学生に聞いたら作業レポートはあるけど論文はないって、私驚いたよ・・・)

 

私の大学の科では最低16週間と規定にあり、祝日が多い時期に始めたので約4か月、クリスマスマーケットで日本では有名なニュルンベルクにあるゲルマン国立博物館(Germanisches Nationalmuseum)の楽器修復部門で5月から開始しました。

 

大体普通は修復する作品を選べないのだけど、私の場合は元々楽器製作者で今まで楽器ばかりやってきたことと、希望した楽器が日本のものだったので許可が下り、ゲルマン民族に特化した博物館なので常設展示の予定はありませんが、日本の琴()の修復をします。

 

漆による蒔絵、寄木細工、絹の弦と装飾のマテリアルだけでも多彩ですけど、楽器の構造も中々面白そうです。

駆け足2015年前期 6月編

急に知り合いに誘われてサイクリングに行くことに。

 

同じチューリンゲン州のイルメナウ(Irmenau)からスタートしてイルム川沿いを走るサイクリングロードを走ってたはずだけど、道間違ったりで私のイケてない自転車で山を登り下りはさすがに足に来た・・・。

しかし終わりごろの問題はお尻が痛かった。4,5時間ブッチで走ってたからね、ヒリヒリすんだわ。

 

 

相変わらずの後で確認したらどこの写真か分からないものだけど。

 

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クラインヘットシュテッツ(Kleinhettstedts)と言う村で、8代前からずっと水車の力を利用してマスタードを製粉して製造してるらしい。10種類以上の面白マスタードが販売されてる。エアフルトでも買えるようなので、ちょっと今回は味見だけ。苦笑 (荷物重いとしんどいのだよ)

 

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インゼクテンホテル(Insektenhotel)、Wiki先生にも日本語が載ってないので正式名称分からないけど、ムシ君ホテルと言った感じかな。

色んな虫の習性に合わせて木の枝だったりを組み合わせて、人工的に生息を促す無料ホテルです。

 

景観建築関係の専攻の人たちと行くと、色々興味深い話が聞けて面白い。

 

 

駆け足2015年前期 5月編

祝日暇なら一緒に来る?

 

ってな感じで、いつも通り急に決まって翌日(実質10時間後)出発で、チューリンゲン州北部のキフホイザー自然公園周辺を歩くことが決定。

最終目的地はキフホイザイザー記念碑(Kyffhäuserdenkmal)またの名をバルバロッサ記念碑だけど、適当にド田舎で下車して歩こう。イイネ、面白そう。

 

まず適当に降りた場所がバート・フランケンハウゼン(Bad Frankenhausen)でバス下車。町を突き抜けて行こうとしたら、何かおかしな情景が目の前に。

Oberkirchturm_01

 

え、何か色々おかしくね?!

そう、ここはピサの斜塔より傾いてる教会の塔で有名な町でした。

(予定にしてなかった偶然①)

 

説明によると建物自体は14世紀頃作られたけど、30年戦争や7年戦争の際、色んな箇所が破壊されほとんど塔だけが残っている状態だったのだけど20世紀に入って500m離れた場所で地滑りが起き、その後徐々にその塔も傾き始めたというもの。

このままじゃ本当に本当に倒れるということで、現在は支えるための鉄縄で補強中。

さらにしっかり支えるための固定装置を現在設置中。

IMG_1035

 

 

テンション上がったところで、いざ目的地に向け出発。

 

公園(つか、見た目森)を歩き始める。

同行者は林業専攻(Forstwirtschaft)と景観建築(Landschaftsarchtekt、彼女は特に絶滅危惧の動物のため)専攻と、草木の種類から病気、森の中での狩りのための罠のかけ方、もし森で迷ったのに磁石もなくアナログ時計もない場合の方向の判断の仕方なんかで盛り上る。(木に生えてる苔で判断するんだって!)途中、小動物の死骸を見つけては、死因観察。

大体話のオチは「So ist die Natur.」(これが自然)。

木の新しい葉は食べれるなんて言うから、ブナの葉っぱもしゃもしゃ、割と普通に葉っぱの味。トウヒのトゲトゲした新芽は不味かった。苦くてちょっとメンソールっぽいスースーしたお味。

 

 

見晴台までたどり着いたら、そこから目的地は13km先との看板。

まー途中休憩入れて3時間くらいかねー、なんて私たち軽く見積もってた。

(予定にしてなかった偶然②)

 

歩けど歩けど山と谷しかなく、山を登り切ったかと思えばすぐ下り、谷に降りたかと思えば目の前にそびえたつ山・・・

予定していた3時間はだいぶん前に過ぎていた。

 

 

やっと目的地見えた!わー!(*´▽`*)

IMG_1040

 

喜びもつかの間。冷静になろう。赤ひげ王(バルバロッサ)の記念碑がこんな小さいわけがない。

 

直線距離は目測2、3km、近くに谷を越える橋もなければ道もない。つまりぐるっと。。。。

(予定にしてなかった偶然、と言うか悲劇③)

 

「Hauptwanderweg」(メインハイキングコース)と言う名の道幅約60cm(ひどいところ30cm)、その横急斜面の山道を歩きながら、「これドイツ人規格に合ってねーよ!」「日本人用じゃない?」「ンなわけねー!さっきリスいたし、それ用じゃ?」「針葉樹多いしありえる!」だいぶん気が狂い始める。

 

さらに1時間くらい 「っは!メインハイキングコース!」と嘲笑しながら登りきり、ようやく到着。

 

記念碑内の営業時間はメインハイキングコースをコケにしている間に過ぎていたので、外観のみだけど私たちを含め3組ほどしかおらず。

 

IMG_1051

 

かれこれ6時間くらい歩いて到着。体力に自信あるカイもスージーもさすがに堪えてた。

 

ほぼほぼノープランで出かけたので、行き当たりばったり。さすがに3人ともすぐに動けず、バルバロッサ像の前で休憩。

 

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3人とも帰りどうするか考えたくなくて(もはやもう6時間は無理)、バルバロッサ像の前で、「何か座り方変じゃない?」「超内股・・・」「女の子みたい」「こんな座り方している女は絶滅危惧種やで」「じゃあ、赤ひげ王はおしっこに行きたいの?」、完全現実逃避。

 

斜め後ろで、3組のうちの1組の2人のヒッピーな感じのおばさんが、やけにスピリチュアルな話をしている中で「エアフルト」と言う単語が聞こえ、すかさず確認。。。

 

・・・やっぱりエアフルトから来てる!!

(予定にしてなかった偶然④)

 

「あ、あの・・・エアフルトまで乗っけて行ってもらえませんか?」

もはや偶然の神様にすがる思いで。

 

 

 

しばし2人で熟考後、「ナイフとか持ってないよね?じゃ、乗りな」

 

わー!!!(*´∀`*)

すごい偶然もあるものだと3人喜んでいたら、ヒッピーなおばさんはこう言った。

 

 

「偶然なんてないわ。全て運命よ!」

 

 

ベートーヴェンもビックリな、全てが予定調和な遠足でしたわ!

 

 

駆け足2015年前期 4月編

昔読んだ本で四月だったか五月だったかに降る雪を有り得ないことの例えで使ってたな、って思うこともあるけど。

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割と四月ぐらいだったら普通に降るね。

(まぁ慣れたとはいえ、九州出身には堪える)

 

 

4月末までならいると友人が言うので、ザクセン・アンハルト州(Sachsen=Anhalt))の州都であるマグデブルク(Magdeburg)へ。

ドーム(Dom、大聖堂)は見とけって、昔ローラントに言われたっけね。あとはフンデルトヴァッサーのデザインした家(ちょいちょいドイツ国内点在してる)があるくらいしか知識としてないまま出発。

 

 

超写真撮ったつもりだったけどね。

 

マグデブルクに住んでる友人のほうが観光っぽ写真を撮ってました。

 

友人の所属してるオケでLa Taraviata(椿姫)見て、休憩中にオケピに面白い楽器見つけた。

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何だこのトロンボーンがバズーカになったような楽器・・・!

 

その後、友人のトロンボーン奏者に聞いたらチンバッソと言ってチューバ奏者が吹く楽器だそうで。

ロータリーとマッピのサイズがトロンボーンと違うのかな。面白いね、金管楽器色々コンパクトにできるから。

 

 

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四月の頭に雪降ったかと思ったら下旬に入った途端大学近くの小さい公園で桜が満開だった。

 

 

駆け足2015年前期 3月編②

せっかく遠出したその足で北路ハンブルクの友人に会いに。(実はそんなに近くない。苦笑)

 

前回はスタインウェイの滅多にやらないオープンハウス(大学のオープンキャンパスの企業版もたいなの)で元同僚と元同級生に会って工場見学がメインだったので、今回は町観光へ。

地元の友達の定期券が週末だと同乗者無料になるって聞いて、物凄く楽しんだ。

 

 

そしてもう一つの目的である、ハンブルクの工芸博物館(Museum für Kunst und Gewerbe (MKG) )にある楽器展示コーナーで英気を養う予定が、まさかのリノベーション中!! 前回、知り合いと行って物凄い駆け足なうえに質問ばかりされてほとんど自分の見たいものが見れなかったから、今回はすごく楽しみにしてたのに・・・!!無念!しかしまた来る!

 

しょんぼりした私を元気づけるため、友人が海に誘う。(ドイツは北部にしか海がありません。北海とバルト海)

さすがに寒すぎて3月は泳げないが海岸で泥遊びできるよ。よし、わちゃわちゃしに行くか!と海へ。

 

バルト海側のリューベック(Lübeck)、キール(Kiel)、北海側のククッスハーフェン(Cuxhafen)と港町で有名なとこはそのうち行くっしょ、と思いテキトーに地図見て一日で往復できて路線が海近くまで出ている北海側のビューズム(Büsum)と言う小さな町へ。

 

Unbenannt

 

 

ウッカリしてたよね。

島国出身だというのに、満潮と言う言葉を。

 

うん、寒かった・・・!!!

駆け足2015年前期 3月編①

ドレスデン。

日本の着物の型紙がドレスデンのお城から見つかったとのことで、その展示会へ。




目が3Dになるかと思うくらい細かい手作業。

職種によって許された模様とか、細かくあるんですね。日本人なのに全然知らない日本のこと。

 

 

 

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まぁ、せっかく来たんだし飲むよね。
ドレスデンで一番おいしい地ビール。(らしい)